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シグルイVSプレデター
虎眼流
 流れ星であった。

 満天の冬空。
 天翔る一条の流れ星。
 武家屋敷の庭先から、それを見守る妙齢の美女。
 女の名前はいく。
 屋敷の主、岩本虎眼の情婦である。
 彼女は流星に、亡き許嫁男の面影を見ていた。
 いくは呪われの身として、人々から怖れられている。
 彼女に近寄る者は、悉くが無惨な最期を遂げているのだ。許嫁男も例外ではない。
 懐かしい思い出に浸る、彼女の眼の前で。

 流星が突然、軌道を変えた。

「――っ!」
 弧を描いて空の彼方に消えるはずの流れ星。それが鋭角に曲がったのだ。
 後の世であれば、とある単語が浮かぶ光景である。
 それ即ち――

 UFO。


 虎眼邸。
 当主の寝室。
 そこに二人の人影が組み合っていた。
「い、いくう」
 片や呻くように愛妾の名を呼ぶ老人。
 瞳は焦点を失い、精神は曖昧な状態である。
 彼の右手は常より一本多い。六本の指で、彼は相手の袴を引きずり下ろしていた。
「先生、いくどのではございませぬ! いくどのでは!」
 野太い声。
 老人が組み伏せている相手は、彼の愛妾ではない。
 いくは痩身の女である。それとは真逆の、筋骨隆々とした偉丈夫であった。
「権左に! 権左に御座りまする!」
 彼の名前は牛股権左衛門。
 虎眼流師範である。
 そして牛股が先生と呼ぶ老人こそ――

 岩本虎眼。

 この曖昧な老人こそ、虎眼流の当主に相違ない。
 いつの頃からであろうか。虎眼は心の平衡を失い始めた。
 失調を来した精神は、時折正気に戻るが、普段は曖昧な状態である。
 曖昧な虎眼は、牛股をいくと間違えていた。
 彼の着衣を剥ぎ取り、性行為に及ぼうとしている。虎眼の股間は、すでに隆起している。
「い、いくう」
「先生! 先生!」
 牛股の尻を掴み、いざという時である。

 虎眼の動きが静止した。

 組み伏せられた牛股が、辛うじて首だけを回して振り返ると、虎眼は天井を睨んでいた。
 天井にはなにもない。が、そこに曲者が潜んでいるとでも言うかのように……
 睨み続けること数秒か、数分か。
 虎眼の身から殺気が消えた。
 一体何事であったか、訝しむ牛股であったが――
「い、いくう」
「先生! いくどのでは御座りませぬ! 権左に! ごん、あ、あああああああ――っ!」
 その前に、再び貞操の危機であった。


 牛股は知らない。
 この時天井に、まさしく曲者が潜んでいたことを――


 深夜の剣道場。
 月明かりだけが頼りである。
 暗闇の中、一人の青年がいる。虎眼流の門下生だ。
 彼が握り締めているのは、かじきと呼ばれる木刀である。
 普通の木刀ではない。体長三メートルに達する海魚の名を冠する通り、巨大な木刀だ。
 大人の身の丈にも匹敵する、これは強い膂力がなければ上下することさえ難しい。
 若い門下生は、この木刀を用いて一人稽古に励んでいた。
 彼は口に、手拭いを噛んでいる。奥歯を噛み砕かないようにするためだ。

 ――突如、一条の閃光が落ちてきた。

 まるで雷のように。
 天井から閃光が降ってきたのだ。
 閃光はかじきを直撃して、強い衝撃が青年の腕に伝わった。
 彼がかじきを落とさずに済んだのは、その重量が半減していたからである。
「……っ!」
 ごとり、巨大な物体が落下する音。
 若い剣士の眼に映ったのは、分断されたかじきの先端。
 巨大な木刀は閃光の直撃した位置から、真っ二つに両断されていた。
 焦げた匂いがする。かじきの断面が、高熱に炙られたかのように黒ずんでいる。
 手拭いを噛んでいるから、悲鳴を上げることはできない。

 そして次の瞬間――


 翌朝。
 虎眼流で最も早く道場に入るのは、藤木源之助である。
 彼は虎眼流の師範代を務める、精悍な若侍だ。
「……ッ」
 この日は、自分以外の者を発見した。

 ――門弟の死体であった。

 首を切り落とされた、無惨な死体である。
 体の横に、手拭いを噛んだままの首が転がっている。
 藤木が戦慄したのは死体そのものより、道場の床に空いていた穴だ。
 縁の焼け焦げた穴が、道場の床にぽっかりと空いている。
 どうやって出来たのか分からない。
 分からないからこそ恐ろしい。


 ――間もなく虎眼邸内に戒厳令が出された。


 陽が高いのに誰も道場にいない。
 下手人を探すために山狩りが行われているのだ。
 しかし屋敷を留守にする訳にはいかず、一部の高弟は残っている――


 ――藤木源之助が再び道場に現れた。
 既に道場の床は清掃され血の跡はない。死体も片付けられている。
 床に空いた穴と真っ二つにされたかじきが、惨状の痕跡である。
 藤木はかじきの片割れを手に取った。
 両断されているため、本来の半分しか重量がない。
「――ッ!」
 突然、藤木はかじきを天井向かって投げた。
 半分になったとはいえ、それでも巨大な木刀である。
 唸りを上げて飛んだかじきは――天井の梁の上、なにもないはずの空間に激突した。

 そこに藤木は、異形の姿を見た。

 木刀の激突した箇所から波紋が広がるように。
 透明だった姿が可視状態に変化する。


 カブトガニのような形状の兜。
 鱗のような肌は鎧だろうか。
 髑髏細工の首飾り。
 そして呼吸。
「グルルルルル……」
 人の声ではない。獣の唸りだ。


 プレデター。

 そう呼ばれる種族である。
 とはいえ後世の人々が、勝手に名付けた名称だ。
 プレデターについて判明していることは少ない。
 一つは星々を渡り歩く宇宙人であること。
 そして、もう一つが――

 人間を狩るということ。

 いかなる理由でか、彼らは人間を狩る。
 恒星間航行も可能な技術力を有しながら白兵戦を仕掛けることから、宗教的な理由とする説もある。例えば成人の儀式として特定の獣を狩る種族がある。それと似たような行為ではないか、という訳だ。


 ――プレデターの姿が再び透明化して、藤木の視界から消えた。
 視覚以外の五感を研ぎ澄まして気配を探る……
 どうやらプレデターは道場内から去ったようだ。
 しかし藤木は緊張を崩さなかった。闘いはこれらからなのだ。


 虎眼流と宇宙人の、闘いの幕開けである。
プレデター
 未だ下手人は屋敷に潜んでいることが知らされ、邸内は殺気立つ。
 山狩りに出ていた門下生も呼び戻された。
 誰もが真剣を携えている。
 その中で最も警護が厳重なのは、岩本虎眼ではない。
 その一人娘である三重こそ虎眼流の生命線。
 三重を守ることこそ命題とされた。
 彼女を殺害されることは、虎眼流の跡を絶たれることを意味する。
 ゆえに三重は最も安全な場所で守られた。
 それ即ち、蔵の中である。
 かじきをへし折り、床に大穴を開けた、なにか得体の知れぬもの――
 それを警戒して、三重を頑丈な蔵の中に押し込んだのだった。
 そして三重のついでに、虎眼の愛妾のいくも蔵の中に。
 蔵の前では真槍を携えた門下生が守っている。

 万全の警備であったかに思われた。


「……」
 蔵の中、三重といくは無言である。
 二人の仲は良いとは言い難い。一人娘と愛妾の取り合わせなら当然か。
 どれほど時が過ぎたろうか。
 蔵の扉が、ゆっくりと開かれた。
「誰か……? ……っ!」
 最初、三重は門弟の誰かが扉を開けたのだと思った。
 が、違う。扉の向こうに立っているのは――
 プレデターであった。
 異形のシルエットが光の中に浮かび上がる。
 彼の姿は可視状態である。光学迷彩を解いたようだ。
 光学迷彩――
 それがプレデターの透明化の正体である。
 光を曲げることで自らの姿を隠していたのだ。異星人の技術である。
「誰か! 誰か!」
 三重が外にいるはずの門弟に助けを求めた。
 その声に応えるかのように、新たなる人影が現れ――どさりと倒れた。
「……きゃああああ!」
 その意味するところを知った時、三重は悲鳴を上げた。
 その人影は確かに門下生であった。
 だが倒れた彼の胸元は、野太い槍が刺さっている。
 プレデターがその槍を引き抜いた時、鮮血が噴水のように飛び散った。
 無骨な槍だった。中世ヨーロッパの騎馬戦で使用される槍に似ていなくもない。
「グルルル……」
 プレデターが唸った。あるいは笑ったのかも知れない。
 ウイイインと機械音が、プレデターの肩の上から聞こえた。
 プレデターの肩の上には筒状の仕掛けがある。
 ――それは砲塔であった。


 荷電粒子砲。

 かじきをへし折り、床に大穴を開け――
 そして今、二人に狙いを定めているものの正体である。
 光学迷彩と同じく、異星人の技術によって製造された超兵器。
 そこから放たれる恐怖の閃光の威力を知る者は、この時代にはいない。
 けれども三重といく、二人ともなにか感じ取ったのか、顔面蒼白であった。
 ――死の予感。

 そして轟音。


「……?」
 不思議なことに、二人とも生きていた。
 三重が瞑っていた眼を開くと、そこにはプレデターの代わりにかじきが転がっていた。
「三重さま! 奥方さま!」
 遅れて駆け付けたのは牛股権左右衛門である。
 先の轟音の正体。
 それは牛股が、走っては間に合わぬと見て、かじきを投げたのだった。
 砲弾のような勢いでかじきがプレデターに激突した折り、先の轟音が発生したのだ。
 凄まじきは牛股の腕力である。
 並の剣士では上下することさえ難しい巨大な木刀を、軽々と……
「……ご無事で御座りましたか!」
 三重の安全を確認した時、牛股はホッと息を吐いた。
 が、すぐに表情を引き締めると、
「それでは――彼奴の仕置きつかまつりまする」
 ゾッとするほど落ち着いた声音で、そう宣言したのだ。


「グルアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!」
 怒り狂ったプレデターが咆哮を上げた。
 かじきの直撃を喰らった腹部は鎧が砕けて、血が噴き出ている。
 緑色の血であった。
 地球上の生命体の血液の色ではない。
 その異形の前に、今度は藤木源之助が立ちはだかった。


 陽は傾き逢魔が時。
 藤木は魔物と相対していた。
 彼の手にあるのは木剣ではない。
 抜き身の真剣である。
 右手に握った刀を、藤木は肩に担いだ。
 この時プレデターが思ったことを代弁するなら、
「遠い」
 の一言であろう。
 刀の届かぬ間合い。
「遠すぎる」
 かすりもせぬ。かすりも……
 プレデターは悠々と、光学迷彩を作動せさようとした。
 光学迷彩を操るコントローラーは、左腕のガントレット(手甲)に内蔵されている。
 プレデターの右腕が、左腕のガントレットに触れた、その刹那――

 ――刀が走った。


 虎眼流には「流れ」と呼ばれる特殊な握りがある。
 遠間から放たれた横薙ぎの一閃の最中――
 藤木の右手は鍔本の縁から柄尻の頭まで横滑りしていたのである。

 切っ先は予想以上に伸びていた。


 地面に落下したのは、プレデターの左腕であった。
「グギャアオオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!」
 絶叫しながら、プレデターは右腕で傷口を抑えようとする。
 左腕は肘の先からなくなっていた。
 緑色の血が噴出する。

 それだけのことをしても、藤木は無表情を保っていた。


 血を撒き散らしながら後方へ飛び退く。
 彼我の距離は、さすがに流れも届かぬまで開いた。
 プレデターは槍を投げ捨てた。
 片手で扱うには重すぎる武器だ。
 代わりに荷電粒子砲を、今度こそ作動させる。

 ――空気を焦がす音、撃ち出される光弾。

 まるで小型の太陽である。
 灼熱の螺旋が藤木に迫る。
 必殺の一撃であった、が――

 藤木の太刀が、荷電粒子砲を弾いた。

 偏向されたプラズマ。
 光弾は狙いを逸れて彼方へ。
 その光景に、プレデターは我を忘れて呆然としてしまった。
 今まで沢山の獲物を狩ってきた彼らだが……
 荷電粒子砲を弾かれたのは、これが初めてである。
 しかも相手は、本来なら肉体的に自らより劣るはずの種族。
「――ッ」
 だが、すぐ気を取り直して、次の手を打つ。
 再び荷電粒子砲のトリガーを引く。
 ――ただし連続して。
 複数の光弾が藤木に襲い掛かる。
 しかもプレデターは、一発一発の狙いを少しずつ変えた。
 未だかつて同じ獲物に対して、こんなにも荷電粒子砲を撃ったことはない。
 常識的に考えればオーバーキルであった。
 獲物は跡形も残らぬかも知れない。
 けれども相手は虎眼流である。

 無双虎眼流。

 その看板は伊達にあらず。
 藤木は全ての光弾を弾き返した。
 それは舞うかのように、淀みのない動作であった。
 さらに藤木は、最後に太刀を――投げた。
 荷電粒子砲を受け続けた刀身は黒く変色して、使い物にならない状態であった。
 かといって、捨てたわけではない。
 狙いは荷電粒子砲の銃口。
 そしてプレデターは、もう一度トリガーを引いてしまった。
 プレデターの肩の上で、銃身が破裂する。
 ――暴発。


「グルアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!」
 黒い煙が周囲に立ち籠める。
 その煙が晴れた時、そこには素顔の露わになったプレデターがいた。
 爆発の衝撃でヘルメットが破壊されたようだ。
 蛇のようなドレッドヘアー。
 窪んだ眼窩、濁った瞳。
 腐肉のような肌。
 なによりおぞましいのは特異な顎である。
 蟻の顎のようであった。人間とは明らかに異なる。
 ……醜悪な素顔であった。
 だが藤木は、それを見ても全く怖れなかった。
 もっと怖ろしいものを彼は知っているからだ。
 その時、それが現れた。
 庭の石を踏む音。
 虎が降り立つ。

 岩本虎眼――

 正気でも曖昧でもない、魔神の表情であった。
『岩本虎眼』
 プレデターの周囲を虎眼流門下生が取り囲んでいた。
 牛股権左衛門の計らいである。
 逃げ道はない。
 藤木源之助の役目は、下手人を斃すことではない。
 下手人をここに引き止めることだ。
 即ち時間稼ぎ。

 ……舞台は整った。


 プレデターは新たに現れた老虎こそ真の敵だと理解した。


 門弟は千人を超え、禄は三百石を下らない。
 濃尾無双と謳われた凄腕の剣客。
 それが岩本虎眼である。

 曖昧を脱した虎眼は、憤怒の状態にあった。

 門弟の死、三重の危機、それらが虎眼を怒りの頂点まで押し上げた。
「狂ほしく血のごとき月はのぼれり……」
 師の指がさしかかると、門弟らは目隠しを付けた。
 虎眼流印可を既に授かっている牛股だけは、それを見ることが許されている。
「……秘めおきし魔剣いずこぞや」
 虎眼の右手は常よりも一指多く。
 六本の指が、太刀を引き抜いた。
 猫科動物が爪を立てるがごとき異様な掴みであった。
 この掴みこそ虎眼流奥義「流れ星」の骨子となる技法である。
「グルルル――」
 この手を見た時、プレデターの顔面が歪んだ。
 異形なりの恐怖の表情であった。


 右手のガントレットに装備されている鉤爪。
 捕縛用ネット・ランチャー。
 チャクラム(円月輪)。
 武装は残っている。
 だが、それが通用する相手だろうか。
 荷電粒子砲さえ弾き返す集団のボスである。

 虎眼の左手が、万力の如く刀身を挟み込んだ。

 右手の刀を、左手で挟む。
 それは溜めの姿勢である。
 刀が拘束から解放された時こそ――
「グルオオオオオオオオオオオオオオオ――ッ!」
 恐怖のあまりプレデターは吶喊した。
 左手を解放させてはならない、そう直感した。
 しかし自ら死の間合いに突入する行為の結果は――


 神速の斬撃は目視不可能。
 次の瞬間、虎眼の太刀は振り抜かれた姿勢にあった。
 牛股の合図で、門弟らの目隠しが解かれた。
 そこには首を失ったプレデターの姿。
 恐るべき流れ星。
「……?」
 その時、牛股は異常に気付いた。
 虎眼が曖昧な状態に戻らず、殺気を保っている。
 憤怒の目線は、空の彼方を睨んでいる。
 雲の向こうに敵がいるかのように。

 ――突如、その雲が割れた。

「なに――っ!」
 雲を割って現れたもの。
 それを最も適切に表現する言葉は――

 UFO。

 空飛ぶ円盤であった。


 空より降ってきたUFOを眼の前に、唖然とする虎眼流一同。
 いかな虎眼流といえ、当然の反応である。
 巨大な方舟が飛んできたのだ。
 UFOの底部が開く。
 中からタラップが展開される。
 輝く船内から、新たなプレデターが降りてくる。
 一体だけではない。二体、三体、四体……続々と現れる。
 彼らは死亡した同胞の死体を回収して、そのうち一体が虎眼に近寄ろうとする。
 その手には、西洋刀が携えられている。
 ただし切っ先は虎眼に向けていない。
 両手で差し出すように持っている。
 それは勝者に対する献上品であった。
 だがプレデターの誤算は、この時の虎眼が魔神の状態であったこと。

 ――間合いに入ったもの全てを斬る魔神の状態であったこと。

 プレデターの首が、地面に落下した。
「――ッ!」
 驚愕。
 虎眼の一閃。
 消えかかった火に油を掛けるがごとき蛮行。
「逃しはせん」
 魔神が呟いた。
 皆殺しにするつもりだ。
「グルルルルルルル……ッ!」
 周囲のプレデターが殺気立つ。
「先生に続け!」
 牛股の号令で、虎眼流門弟らも真剣を抜く。

 雲の割れた空から、紅い月――


 本当の闘いは、これからだ。
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