プロローグ
「三日後、ここで働いてもらう」
男はそう言った。
黒尽くめのスーツを着込んだ男の姿は、すでに見慣れたものだったけど、かといって不安や恐怖といった感情まで消えるはずなく、わたしは男と目を合わせることも、返事もできなくて、こくりと頷くしかできなかった。
拒否権はない。それがわたしの立場だということは十二分に承知していた。黒服もそれを分かった上で問うているから、わたしがうんともすんとも言わなくても、気にした様子もなく、むしろわたしの怯えを楽しむように、わたしを上から覗き込んでいた。
胸を見られている。ねっとりとした視線。胸元を隠したくなったが、羞恥心を悟られなくて、わたしは気付かないふりをした。
わたしたちは巨大な地下闘技場を観客席の上、関係者用通路から見下ろしていた。
地下闘技場。冗談みたいなそれは、このわたしの目の前に存在して、そしてわたしはここで働けと言われているのだ。
四角い会場は観客で埋め尽くされて、中央には八角形のリングが設置されてる。全方位を金網で囲まれている。
「オクタゴンと言うんだ」
リングを顎で示し黒服が言った。
オクタゴンには男と女、二人の姿があった。
男は上半身裸で、屈強な裸体を誇示しつ、下品な笑みを浮かべていた。いわゆる格闘家の精悍な表情とは程遠い。嗜虐心に満ち満ちた笑い方。
その理由をわたしは知らされている。ここは運営しているのはヤクザだ。わたしの隣の黒服もヤクザだ。まともな試合なんて約束されちゃいないのだ。
女は、いや女の子は、白いドレスを着ていた。わたしと大して歳の変わらないように見える。きっとわたしと似たような境遇なのだろう。同情する。けどわたしが同情したところで、なにかを変えられるはずがなかった。明日は我が身。正確には三日後。
わたしは売店の店員やスタッフとして働かさせるのでない。あの女の子と同じく選手として働かされる。
選手。男と闘わされるのだ。
ゴングが鳴った。と同時、女の子は、とんでもない行動に出た。
「いやぁぁぁ! 無理! こんなの無理! 出して、ここから出して! 出してよぉぉぉぉぉぉ!」
あろうことか敵に背を向け、金網に駆け寄り、その場から逃げようとしていた。
金網を揺さぶって、涙を流しながら、懸命に助けを求めている。
ああ。
気持ちは分かる。
ひょっとしたらわたしも同じことをしちゃうかも知れない。
でも、それと同じくらい、だれも助けてくれないのも分かっていた。あらかじめそういう場所だと聞かされていたし、実際、女の子に対して同情的な雰囲気は皆無だった。
それどころか、
「ギャハハハハハハ! いいぞ、泣け泣け! 泣いてる女を無理矢理ってのはやっぱ燃えるな!」
「素直にやられちまえよ、そのほうが楽だぜ! なァに、すぐに気持ちよくなるって!」
「レイプだ、レイプ! レイプだァァァ!」
観客たちは盛り上がっていた。最低だ。
わたしの隣の黒服も、声こそ上げていなかったけど、にやにやといやらしく笑いながらリングの上の光景に見入っていた。
男が女の子を金網から引き剥がした。金網で指を切った指先が赤く濡れていた。それほどまでに必死で女の子は逃げようとしていたけど、しかし、それは許されなかった。
闘技場と言う。
しかしこれはおよそ闘いと呼べるようなものではなかった。
泣き叫ぶ女の子の顔を殴り、腹を殴った。まるで手加減していない。おびただしい量の鼻血が白いドレスに赤い染みを作った。
女の子が倒れると、さらに腹を蹴った。これも手加減していない。サッカーボールでも蹴るように、何度も何度も、執拗に、
「オラ、オラ、オラ! どうだ、どうした! もう叫ばないか! ガハハハハハハハハ!」
見てられなかった。
わたしは階下から目を逸らした。
「見ろ」
即座に黒服が言った。
「見るんだよ」
従うしかない。
わたしは嫌々、視線を戻した。
女の子の上に男がのしかかるところだった。苦しそうにえづく女の子の首筋を舐めながら、胸の膨らみに手をかけると、無遠慮に揉み始めた。女の子は嫌がっていたが、痛みで体が動かないのか、それとも暴力を恐れてか、わずかに身じろぎするだけでされるがままだった。
散々胸を揉みしだくと、男はドレスを、襟から引き裂いた。呆気なく布地は破れ、女の子の素肌は衆目の元、露わになる。
「おぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
観客が湧いた。
男は観客たちを意識して、わざと体を傾け、女の子の胸が見えるようにした。女の子は下着を身につけていなかった。下着を身につけることを許されていない。そんな可能性に思い至った。
そこから先は一方的な強姦であった。スカートをまくりあげると女の子は、やはり下着を履いていなかった。男は、乾いたそこに唾を塗りたくると、パンツを下ろして、腰を振った。男は笑っていた。女の子は泣いていた。
これで終わった。そう思った。
が、
「こっからが本番だぜ」
黒服が残酷な展開を予告げた。
その通り、ここからがレイプショーの本番だった。
ブザーが鳴って、オクタゴンを取り囲む金網が降りるや、観客席から放たれた獣共がリングの上に殺到して、女の子の体に群がった。ピラニアの棲む川に落ちた牛がどうなるかを記録したドキュメンタリー番組を思い起こす光景だった。
すでに放心状態だった女の子を、さらに、さらに陵辱する。
陵辱という言葉さえなまぬるい。
破壊だった。
女の子は破壊し尽くされた。
一時間後、ゴングが鳴ると、リングの上にはありとあらゆる体液にまみれた、腐乱死体と見紛うありさまの女の子が取り残された。
「これが、ここの試合だ」
黒服が囁いた。
死神のように囁いた。