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エピローグ
「レディース、アーンド、ジェントルメーン! イカレた時代へようこそ! さァさァ今宵も男と女の肉と肉のぶつかり合いを観戦すると洒落込みましょう!」
 リングアナがやまかしく観客を煽っている。かれがなにか喋るたびに下卑た歓声が上がる。きっとわたしが試合に負けて、わたしが姦られることを妄想して、それで盛り上がっているのだろう。おまえらの思惑通りにいかせるものか。
「るか、用意はいいか?」
 と、お兄ちゃん。
「大丈夫」
 地下闘技場で初めての試合。相手の選手と大勢の観客がわたしを待ち構えている。けれどもわたしのこころは不思議と落ち着いていた。
三日前のわたしなら怯えていただろう。だけどいまのわたしは三日前のわたしとは違う。この三日間がわたしを鍛え上げた。いまのわたしが落ち着いているのは自信ではない。覚悟だ。覚悟を決めることができるようになったのだ。
「戦えるよ」
 全力で戦う。その覚悟さえあれば、きっとなんとかなる。その覚悟の結果として勝ったり負けたりするだけのことだ。
「いい面構えだ」
「ありがとう」
「もし負けても相手のを食い千切っちゃいな」
 沙耶さんが下品なジョークをいう。ここに連れてこられるまえのわたしだったら返答に窮しただろうが、
「その前に潰してやるよ」
「あは。それいいね」
 わたしと沙耶さんは笑い合う。
 随分と、ここに馴染んでしまったものだ。
「自分のために戦えよ、るか」
「余裕があったら、お兄ちゃんのことも思い出してあげるね」
「減らず口を叩く余裕があるとは大した度胸だァな」
「なに? なんの話?」
 沙耶さんはお兄ちゃんの復讐の話を聞かされていないのだろう。わたしたちの会話に首を傾げていた。
「秘密。わたしとお兄ちゃんだけの」
「ずるーい! わたしだけ仲間外れ?」
「んふふふ。わたしに勝てたら教えてあげるよん」
「今度はわたしが勝つんだからね。ぶっ壊してやるんだから」
「やれるもんならやってみなさい。わたしもやり返すけどねー」
 なんて物騒な会話だろう。それでいてわたしたちは通じ合っている。だけど、うん、こういうのも悪くない。
「それでは選手入場ォ! 皆様、割れんばかりの拍手をー!」
 リングアナが叫ぶ。
 出番だ。
「るか、おまえなら、ここにいるだれにも負けねえさ」
「るか、ぶっ壊しちゃえ!」
 二人の激励を背中に受けながら、わたしは選手用通路を抜ける。その先には六角形のリングがある。そのうえにはすでに相手の選手がいて、わたしをいやらしい目つきで見下ろしている。わたしはにっこりと微笑む。おまえの思い通りにはいかないぞ、という思いを込めて。すると相手は怪訝そうな表情に変わった。なにかが違うと気づいたのだろう。わたしは怯えていない。わたしは戦う。それを試合が始まったら嫌でも思い知らせてやる。わたしの、女の子の、覚悟を、底力を。
 観客の声なんて聞こえない。わたしはゆっくりとリングのうえに上がる。
 リングアナがなにか叫んで、それを合図に金網が迫り上がりオクタゴンが完成する。
 逃げ道は、ない。
 戦うだけだ。
 覚悟しろ。
 おまえもだ。
 おまえも戦うんだ。
 わたしと戦うんだ。
 やるかやられるかだ。
 そしてゴングが鳴った。
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