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ゲリラ・レイディオ
 この放送が届いていることを信じて――

 こちらゲリラ・レイディオ。

「CROSS†CHANNEL」よろしく「生きている人、いますか?」と言いたい気分だけど、生きている人がいたとして、残念ながらそれを確認する手段はない。なにせラジオだ、交信は一方通行。だから、こう言おう。

 ――俺は生きてるぜ。

 こちらゲリラ・レイディオ。

 この放送は、放送部の機材を勝手に拝借してやっている。放送部の連中が生きていたら、「なに勝手なことしてるんだ!」なんて怒鳴られたろうが、あいつらも死んじまった。みんな死んじまった。ひょっとしたら俺は、人類最後の生き残りなのかも知れない。

 けど、信じて続けよう。

 ……さて、なにから話そうか。なんせラジオ放送なんて初めてだ。幸いタイムスケジュールなんて厄介なものはない。時間を気にせず、ゆっくり話そう。まずは自己紹介だ。俺の名前は狗神六郎。ロックンロール好きの親父にロクロウと名付けられた、ちょっと変わった名前の、それ以外は普通の学生だ。いや、だったと言うべきか。こうなっては学生もクソもない。

 ゾンビだ。

 ジョージ・A・ロメロの映画みたいに、死者が黄泉返って生者を襲っている。神の怒りか、悪魔の悪戯か。それともマッド・サイエンティストが作ったウイルスでもバラ撒かれたのか。原因は分からないが、とにかくリビングデッドが街に溢れかえってんのは確かな現実だ。

 一ヶ月前だ。

 正確には二十八日前。妙に静かな朝だった。テレビの音も、家族の話し声も、通りを走る自動車の音も聞こえない。街が死んでしまったようだった。いや、実際、死んでいたんだ。俺の眠っている間になにが起こったのか、未だに俺は知らない。知っていれば、守れたのだろうか。

 一階のリビングに降りた俺が見たのは、妹の屍肉を喰らう両親の姿だった。

 妹は人の形を留めていなかった。血まみれの肉塊だった。それでも頭だけは喰われずに残っていて。妹の顔は、断末魔の表情で固まっていた。絶対に見たくない表情だった。「助けて、お兄ちゃん」と聞こえた気がした。気のせいだ。幻聴だ。けど、俺は思わず、彼女に手を差し伸べようとしてしまった。その時だ。

 両親が妹の屍肉を喰うのを止め、こっちを振り向いた。

 ……あの時の恐怖を、俺は忘れない。姿形は、血まみれでも、元の両親のままだ。だのに表情が全く別のモノだったんだ。古いアニメで「綺麗な顔してるだろ、死んでるんだぜ、それ」なんて台詞があったが、まさにその通りで、死体ってのは案外、生きてる時と見分けがつかないもんだ。ゾンビが決定的に異なるのは表情、動作、雰囲気。生気の感じられない虚ろな表情。焦点の合っていない瞳。そして二人は俺を狙っているんだという直感。

 俺は反射的に、すぐ横のトイレに駆け込んだ。

 それが俺を救った。すぐにトイレのドアをドンドンと叩く音が聞こえた。そしてズルズルと、なにか這いずるような音も。今なら分かる、あれは喰い殺された妹が、黄泉返った音だったのだろう。トイレの中で、俺は泣いた。俺が泣いている間も、ドンドン、ズルズルという音は聞こえ続けた。やがて涙が枯れると、俺は意を決してトイレの窓から外へ脱け出した。

 この世は地獄と化していた。

 俺たちが味わっている地獄に比べたら、本当の地獄は天国だろう。リビングデッドが跋扈して、生者が死者に喰い殺される、ここは生き地獄だ。外へ出た俺は死者が歩き回っているのを見て、なにが起こっているかを知った。

 ――ゾンビ。

 言葉にすると笑っちまうくらいチープで陳腐だけど、こんなにも恐ろしいことはない。

 死者に占領された街から脱出するのは不可能だった。どこもかしこもゾンビだらけだ。こんなにも人間が生きていたのか、と驚くほどに。迂闊な行動を取れば、あっという間に囲まれてしまう。街から出るには、どうしても広い道に出る必要がある。襲ってくださいと言っているようなもんだ。

 逃げ道は、ない。

 それでも生き残る道は残っていた。ゾンビに知性は残されていない。奴らに鍵を開けることはできない。ドアやシャッターを上手く利用すれば、ゾンビを隔離することができる。頑丈な建物に立て籠もれば、しばらくは安全だ。力任せに扉を破られるまで、食料が尽きるまで、だが……

 そうして今、学校に立て籠もっているわけだ。

 購買部で食料品を発見したのは幸いだった。冷蔵庫が止まっているせいで、生ものは腐ってしまっていたが。電気は止まっている。電気だけじゃない、ガスも水道も。テレビもラジオも死んでいる。飛行機が飛んでいるのも見ない。一ヶ月が過ぎても、未だ助けは来ない。こうなると、最悪のパターンを覚悟せざるを得ない。この街だけでなく、日本そして地球上の全てを、ゾンビが埋め尽くしている、世界の終わりを。

 俺は、人類最後の生き残り、なのだろうか。

 俺が生き延びることができたのは、運が良かっただけ。あるいは運が悪いのか。こんな世界じゃ、さっさと死んだ方が楽なのかも知れない。死ぬのは簡単だ。首を吊る。手首を切る。飛び降りる。ゾンビに喰い殺されるのは痛そうだ。

 けど、死ぬことは、負けることだ!

 俺は、人類は、こんな終わり方をするために生まれたんじゃない。なんのために生まれたかは知らないが、こんな終わり方は間違っている。絶対に間違ってる。ここで終わったら意味がない。俺の人生は台無しだ。人類の存在が否定されようとしているんだ。

「抵抗しないことは罪だ」

 加納トメの名台詞だ。なあ、ここで抵抗しないでどうする。命が武器だ。生きることが闘うことだ。どうしたら勝てるのか分からない。世界は終わってしまったのかも知れない。けど、俺はまだ終わっちゃいない。まだ生きている。まだ闘える。おとなしく死んでやれっかよ。この武器を手放すものか。俺が生きていることが、俺の存在の証明だ。

 こちらゲリラ・レイディオ。

 ――俺は生きてるぜ。

 こちらゲリラ・レイディオ。

 ――俺は闘っているぜ。

 この放送が届いていることを信じている。ラジオだから一方通行の交信だけど、この向こう側に誰かがいる、俺は一人じゃない、そう信じるだけで勇気が出る。それは、つまり、愛してるってことだ。生きている人、死んでしまった人。全ての出会った人、出会う機会の失われてしまった人。みんな、愛してる。愛してるよ。このラジオは、俺から君への、愛の告白だ。

 この言葉が届いていることを信じて――

 ……ン?

 今の音、聞こえたか? あの音は、バリゲードの破壊される音だ。ゾンビども、ここを嗅ぎ付けたらしい。取っ捕まる前に逃げるとしよう。逃げるが勝ちってな。そんなわけで、ここでお別れだ。生きていれば、また会える日も来るだろう。けど、その前に。一曲かけていこう。ラジオといえば音楽だ。忘れちゃいけない。危うく忘れるところだった。

 今からかける曲は、「Guerilla Radio」

 恥ずかしながら、俺が手前のラジオにゲリラ・レイディオと名付けたのは、この曲を意識してのこと。言ってみればテーマソングだ。歌っているのは、名は体を示す通り反骨精神の塊のようなバンド「Rage Against the Machine」こんな世界にピッタリだと思わないかい。抵抗することは生きること。生きることは愛すること。これはラブソング。俺から君へ送る、最後のプレゼント。

 こちらゲリラ・レイディオ。

 命ある限り歌い続ける、愛の唄だ。
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