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獣と少女が交わって
 女を組み敷いて腰を振る。
「あぁ、もうやめて! いや! いやぁ!」
 俺の爪は女の柔肌に食い込み血を滲ませている。
 俺の舌は犬のようにだらしなく伸び涎を垂らしている。
 俺の皮膚は獣毛に覆われ五体は歪な姿に変わり果てている。
 俺は――
 俺は、獣だ。
 俺は、人間じゃない。姿形も。心も。
「だれか! たすけて! だれか、たすけてぇ!」
 女は泣き、喚き、叫んでいる。
 かつての俺なら罪悪感を抱いたことだろう。
 かつての俺ならこんな強姦じみたことは到底出来なかった。
 だけど、今。
 もっと泣け、もっと喚け、もっと叫べ。
 俺は獣、人間は獲物、悲鳴は俺を心躍らせる。
 やがて女の声が掠れてきた。
 そろそろ限界のようだ。
 女を孕ませることが目的ではない。人は獣の子を孕まない。
 性欲が目的ではない。もっと単純な暴力として犯していただけのこと。
 苦しませて、悲鳴を聞く、それだけが目的だった。それができないとなれば。
 俺は腰を振るのをやめた。
 最後の楽しみ方、牙を立てる。
「ぎぃああああああああああああああああ、あ、あああぁ……ぁぁ……」
 最後の悲鳴も長くは続かなかった。
 肉を食い千切り、血を啜り、骨を噛み砕く。
 人通りの少ない深夜の路地裏。獣の嗅覚は無人であることを察知している。
 食い終えるまで邪魔が入ることはないだろう。
 それだけは人間らしい狡猾な思考といえた。


 闇から闇へ渡り歩く生活を続けて、もう何日、何週間、何ヶ月、何年が経ったのか。
 人に見付からないように生き、人に見付かったら、そいつを殺して、食う。
 ひょっとしたら縄張りのような意識が働いているのかもしれない。
 ここ数日、建設途中で放棄された廃ビルをねぐらにしている。
 建設途中の廃ビルは巨大な墓標のように静かだ。
 ホームレスもいない理想的な環境。
 その時、俺は廃ビルの一室で眠りに落ちようとしていた。
「うわぁ……」
 人の匂いには敏感なつもりだった。
 だというのに、少女。少女の声を聞くまで気付かなかった。
 廃ビルに迷い込んだのか、年幼い人間の少女が、俺の前に立っていた。
 ――眠気で五感が鈍っていた?
 ――食欲が満たされて慢心していた?
 ――この俺が、獣の身でありながら油断した?
 だが、しばらくして気付いた。
 少女に気付かなかった理由。油断ではない。
 俺は、人の匂いには敏感だが、彼女は、なんだか違う。
 どう見ても人間。人間の少女であることには間違いない。
 だけど、その服装。服と言ってもいいのか。
 少女が身に纏っているのはカーテンのような布きれだった。
 そして少女の体から漂う匂い。それは精液や小便といった体液の匂いだ。
 不衛生というだけでは、こうはなるまい。なんらかの蹂躙を受けないかぎりは。
 彼女の容貌や美醜には、俺は、興味を抱かなかった。
 というより個体差が分からなくなっている。
 人は人。獣には、みな同じに見える。
 ただし、少女は、人は人でも、人以下の扱いを受けてきたようだ。
 人でありながら人であることを否定されている、少女。
 だから俺は気付かなかったのだ。


「寝て……る……?」
 少女は、そっと呟いた。
「それじゃあ……」
 なにを、どう判断したら、そういうことになるのか。
 少女は俺の体に頭を預けて、横になった。
「おい、お前、何を考えてる?」
「驚いた。あなた、喋るの?」
「色々、事情があってな」
 俺は、かつて人だったことを、わざわざ説明したくなかった。
 もう、ほとんど覚えていないし、それに、めんどくさい。
「へえ。そういうこともあるんだ」
 少女はあっさりと納得した。
 少女にとって重大なことではないらしい。
 不思議な人間だ。ちゃんと状況を理解しているのだろうか。
「お前、俺が怖くないのか?」
「怖いよ?」
 その答えに俺は安堵した。
 怖いのであれば、ちょっと脅せば逃げ帰るだろう。
 食ってもいいが、食うタイミングを、すでに逃している。
 犯してもいいが、すでに少女は、人に犯されている。
「俺は、獣だ。お前も食っちまうかもしれないぞ?」
「いいよ。私を食べて。遠慮しないで食べていいよ」
「なに――? まさか、そのつもりで、来たのか?」
「私、食べて欲しいの。どうせ死ぬなら、その方が有意義でしょ?」
 少女は明るく、そう言った。
 その瞬間、俺は、理解した。
 ――人間の世界から弾き出された、俺。
 ――人間の世界から否定された、少女。
 少女も、この人間の世界に、居場所がないのだ。
 俺たちは、世界から爪弾きにされた似た者同士。
 だったら、食ってしまうのは、おもしろくない。
「死ぬよりおもしろいことがある」
「どうして? 食べないの?」
「気が向いたら食ってやる。背中に乗れ。走るぞ」


 少女を背中に乗せて、夜の街を、走る。
 縦横無尽に屋根や屋上を飛び伝う。
「あはは、は、はは!」
 少女が笑う。
 俺は、あの日のことを思い出す。
 あの日、俺は、怯えていた。
 変わり始めた己の体に。
 あの時、まだ俺は人であり獣であり、人でもなく獣でもなかった。
 あの時、まだ俺はどっちつかずの状態だったはずだ。
「――怪物ッ!」
 ……あれは、いつ、言われたんだっけ。
 ……あれは、どこで言われたんだっけ。
 ……あれは、だれが言われたんだっけ。
 確かなのは、あの日、あの時、あの言葉によって、俺は獣に変わり果てた。
 あの時、俺の名を呼んでくれていたら、あるいは違ったのかもしれない。
 だけど今、俺は身も心も獣で、そして少女を獣の世界へ誘惑している。
 少女は、体は人間だが、心は獣に相応しい。
 というより、それしか残されていない。
 獣として生きて欲しい、と思う。
「すごい、あなた、すごくはやい!」
 少女のはしゃぎっぷりは、なんだっけ、あれ。
 大きな場所。派手な場所。子供を連れていくと喜ぶ場所。
 名前は忘れたが、あそこに連れていったようなはしゃぎようだ。
「楽しいか?」
「うん、たのしい!」
「まだ、死にたいと思うか?」
「それは……」
 と、少女は口籠もる。
 俺は苦笑する。
「安心しろ、一緒に、いてやる」
「本当? でも、どうして?」
「気が向いたからだ」
「気が向いたら、食べるの?」
「気が向いたら、食べることも、あるかもしれないな」
 本当は、そんな気は、とうの昔に失せいてるけど。
 少女は、また笑った。
「変なの。いいよ。その時は食べても。だけど、それまで、一緒にいてね?」
 その瞬間、不覚にも欲情してしまった。
 俺の性器が硬く大きくなるのがわかった。
 俺は答える代わり、月に向かって、吠えた。


 俺は、かつての俺をなぞることに決めた。
 あの日、獣に変わり果てたときのことを。
 路地裏に降り立って獲物を探す。
 狩りの時間だ。
 いた。
 ちょうどいい。
 そいつはひとりだった。
「いくぞ」
「え? どこへ?」
 少女は見当違いのことを言った。
 俺は答えず、その代わり行動して見せた。
 獲物が気付くより早く、爪を振り下ろす。
 一撃で即死、悲鳴を上げるもない。
「その人、食べるの?」
 少女は死体を見ても、さして驚かなかった。
 良い兆候だ。
「食う。お前も食え」
「え、私?」
「食うのか、食わないのか?」
「うーん、わかった、食べる」
 かつての俺。獣となった時、俺は人を食べた。
 カニバリズムには儀式的意味合いがあるという。
 本来のそれとは違うが、なるほど、あれは儀式的だった。
 だから、この少女にも、カニバリズムを経験させようと思ったのだ。


 二人、血まみれになりながら、殺したばかりの人を食べた。
 人を食うことに不慣れな少女に手解きしてやるのは案外楽しかった。
「もう、おなかいっぱい」
「小さいくせに、よく食ったな」
「もう、小さいなんて言わないで……よ……?」
 俺の軽口に言い返そうとした少女が、不意に、口籠もった。
「どうした?」
「大きく、なってる」
 少女の視線は、俺の腹を、その下、股間を見ていた。
 そういえば、さっきから、ずっと勃起しっぱなしだった。
「おなかいっぱいになったから?」
「いや、そういうわけじゃないが」
 まさか、少女に欲情していたと言うのは口憚れる。
 俺が何と誤魔化すべきか迷っていたら、
「したい?」
 少女が言った。
「私と、したい?」
「な、お前、冗談は――!」
「冗談じゃないよ。私は、いいよ」
 少女は、そう言った。
 幼い顔立ちに似合わない、色香。
 それを認識した途端、俺の獣欲が爆発した。
 獣の唸りを上げながら、少女を押し倒し、組み敷いた。


 それは獣姦というべきなのだろうか。
 一人と一匹であれば、そうなのだろうが。
 もはや彼女は人ではない。もはや二匹の獣だ。
 もしも、その光景を人間が見たら、吐き気を催したことだろう。
 獣と少女が交わっていて、しかも少女が喜んでいるのだから。
 だが、人間がどう思うかなんて、そんなのは糞喰らえだ。
 俺たちには、獣の世界しか、居場所がないんだ。
 高ぶった俺は、少女と繋がったまま立ち上がった。
 少女は、俺の腹にしがみつく。もちろん繋がったままだ。
「どうしたの?」
「気分がいい」
 俺は、そう答えると、少女を腹に抱えたまま走り始めた。
 そのままの状態で路地裏を抜け、大通りへ、姿を現す。
「なんだ、あれ?」
「おい見ろよ!」
「きゃああああ!」
「化け物!」
「警察を呼べ!!」
「おい、あれ、女の子が」
「逃げろ!」
「食われるぞ!」
「テレビ?」
「嘘だろ?」
「殺せ、あの獣を殺せ!」
 深夜といえ、街には大勢、人がいた。
 そいつらは、やはり好き勝手、騒ぎ始める。
 俺は少女と繋がったまま、そいつらを襲い始める。
 爪を振るい、牙を突き立て、巨体で押し潰す。
 血が降り肉が散り、内臓がばらまかれる。
「あはは! すごい、もっと、もっとやっちゃえ!」
 少女は惨状を見ても、平然としているどころか、むしろ楽しんでいる。
 俺は、少女を喜ばせるために、もっと、もっと殺しまくる。
 悲鳴、悲鳴、悲鳴。悲鳴が街を包み込む。
「獣の世界へようこそ、人間」
 殺しながら、俺は、腰を振っていた。
 殺戮と快楽と、俺の頭ン中は、もう人間性の欠片も残っていない。
 少女も、力一杯俺にしがみついて、時折、歓声や、嬌声を上げる。
 ――ここはもう俺たちの世界だ。
 ――どこへだって行ける、俺たちは。
 ――どこでだって生きていける、俺たちは。
 パトカーのサイレンが聞こえる。
 新しい獲物だ。
 俺は走り出した。
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