プロローグ
終業を告げるチャイムが鳴る。
生徒は教科書を鞄に仕舞い、部活動へ行く者、帰宅する者、掃除当番を任されて教室に残る者、十人十色の放課後が始まる。
そしてチャイムが鳴った直後から、教室の扉の前で、だれかを待ち構えている女子生徒がいた。
その姿を発見したときの反応は男子と女子で二通りに分かれた。
男子は期待と若干の怯えの入り混じった複雑な表情を浮かべ、女子は応援するような表情を浮かべていた。
「今度はうちの教室にいるよ、あいつ……」
「今日はだれだ?」
「今回は成功するといいね、うーちゃん」
女子の一部は彼女に声を掛けていた。
教室の扉の前の女子生徒は、頬を赤らめ、
「いや、そんな……からかわないでよぉ……」
と恥じらいを見せた。
ショートボブの快活な印象の女子生徒である。
髪も染めておらず、体も引き締まっており、スポーツ少女といった風体だ。手のひらにテーピングを巻いているのが特徴的だった。
やがて一人の男子生徒が教室を出ようとする。
そのとき、
「あのぉ」
その女子生徒が、かれに声を掛けた。
男子生徒はビクッと肩を震わせた。
明らかに怯えまくっていた。
「は、はい。なんでしょう。俺、急いでるんだけど」
「お時間は取らせません。わたしと――」
女性生徒は、おずおずと、だけど言葉とは裏腹に肩幅程度に足を広げ、拳を握りしめ、やる気満々のファイティングスタイルで、
「――突き合ってください」
字が違った。
だけど彼女に限って、これで合っていた。
言った直後、先制の右ストレートが男子生徒の顔面めがけて飛んだ。
男子生徒は鞄でそれをガードする。みしり、と鞄の中で弁当箱が潰れた。
ジッパーの開いたままだった鞄から筆箱がこぼれ落ちる。そして鞄自体も重力に引かれて自由落下する。
男子生徒は防御に使った鞄を手放して、バックステップで距離を取り、
「勘弁してくれ!」
と悲鳴を上げた。
しかし、
「お願いします!」
女子生徒は止まらない。
踏み込みつつ続けざまにローキックを放つ。ばん、と痛烈な音が男子生徒の太股から上がる。
男子生徒の膝が落ちたところに、今度は左ジャブから右ストレートのワンツーパンチ。
左ジャブが顎に命中し、脳が揺れたところを、右ストレートが正面から打ち抜いた。
ローキックからのワンツーパンチ。教本通りの、ゆえに強さの保証されているコンビネーションである。
声を上げることなく男子生徒は崩れ落ちた。
女子生徒の言葉通り、わずか数秒の出来事であった。
鼻血を流しながら気絶している男子生徒を見下ろしながら、女子生徒は溜息をついた。
「……また、ハズレかぁ」
その光景を見ていたほかの男子生徒たちは、女子生徒と目を合わせないようにしながら、倒れた男子生徒を担ぎ上げ、逃げるように保健室へと向かっていった。
「しっかりしろっ! 死ぬなーっ!」とか聞こえた。
「ちゃんと手加減してるんだけど……」
女子生徒は困ったように自分の拳を見つめていた。
そこに、ほかの女子生徒たちが駆け付ける。
「うーちゃん、また駄目だったの?」
「……うん」
「そんな落ち込まないで、きっとうーちゃんより強い人いるってっ! ほら、B組の竹岡くんなんてどう?」
「……先月、もう、やっちゃった……」
「あー」
励ますつもりだった女子生徒が天を仰いだ。
「これでもう何人目だっけ……?」
「……ちょうど百人目です……」
「もう番長目指したら? 百人斬りも達成したことだし」
「そ、そんな恥ずかしいこと言わないでよぉ!」