エピローグ
「どっこいしょ」
と、月子が香純を肩に担ぎ上げた。
「んじゃ、私は彼女を親御さんに届けてくるから」
「ちゃんとバイト代出してくれよ」
「わかってるわかってる、デート代必要になるもんねー」
「ま、そういうこと」
「……驚いた、刀治がそういうふうに返すなんて」
「もう、開き直るしかないだろ」
「アハハハ、弟分の成長を見ることができて、お姉さんは嬉しいよ」
そう言い残して月子は去っていった。
廃病院は静かになっていた。
振られ隊も役目を果たしたのだろう。
刀治は、ゴキゴキと首の骨を鳴らしてみた。
「さて、と」
美咲と杏太を見やる。
杏太は放っておいてもいいとして。
美咲は、やはり自分が連れていかないといけないと思う。
「どっこいしょ」
月子の台詞を真似る。
だが、肩に担ぐことはしない。
美咲の小さな体を背中におぶることにした。
「……意外と重いな」
体は小さいのに。
これが人間一人分の重さだ。
疲れた体には酷だけど。
たまには、こういうのも悪くない。
「――――――」
廃病院二階から一階へ、そして玄関へ降りる。
タングラムの出場選手、振られ隊、SFCのスタッフ、巻き込まれた観客たちが死屍累々の有り様でゴロゴロと転がっていた。
「あ、蒼馬! こっちこっち!」
すると、優歌の声が聞こえてきた。
優歌とダリッタが地べたに座って談笑していた。
あの後、意気投合したようで、姉と妹に見えなくもない構図だ。
「うわ、本当に勝っちゃったの? レリエルと百人斬りに! 強ぇー! 愛の力強ぇー! ちょっとちょっと話聞かせてよっ! どうやってあの二人に勝ったのっ!」
刀治は、ダリッタの姿を知らない。
スピーカーを通した声しか知らない。
けど、すぐにそうだとわかった。
特徴的な声と喋り方を思い出したからだ。
「SFCの主催者?」
「そうっ! ダリッタって呼んでっ! えらいんだぞーっ!」
と、ダリッタはケタケタと笑った。
「こんなことになっちまって、すまなかったな」
「そんなこといいって乱入上等だからっ! ストリートファイトなんだしっ! だから話を聞かせてよーっ! 気になる気になる気になるーっ!」
ジタバタして駄々をこねるダリッタ。
刀治が困ってると、優歌が、助け船を出してくれた。
「こら、だめでしょ。こういうときは二人っきりにさせてあげるの」
「うう、うーん、そっか、しょうがない」
ダリッタは諦めてくれた。
「でも絶対話聞かせてよっ! またきてねっ! 絶対だからっ!」
「二人っきりになるのはいいけど送り狼にならないでねー」
二人の声を背中で聞きながら、その場を去る。
そして歩く。
春原駅前再開発地区。
陽は傾き初め、もうすぐ夕方だ。
美咲の意識は、まだ戻らない。
だから、ここまでおぶりっぱなしだ。
重いことには重いが、心地良い重さと言えた。
「それにしても」
と、ひとりごちる。
「気絶したまんまじゃ告白とかできないな」
タイミングを逃した気持ちだ。
美咲に勝ったことが告白の代わりになるのだろうか。
「ん――」
そのとき背中の美咲が、もぞりと動いた。
「美咲?」
「………………」
「なんだ、まだ気を失ったままか」
と、そのとき、
「刀治くん――」
「え?」
振り返った。
と、頬に柔らかい感触。
美咲の唇が触れたのだと気付いた。
「――わたしと付き合ってください」
そう言って、美咲は、悪戯っぽく笑った。